第5回 短いのはお好き?
謎とその解決、アイデアとプロット、驚きの結末。そういったものをより鮮烈に味わいたいなら、短篇ミステリがいい。エドガー・アラン・ポーはほとんどすべてのジャンルのミステリの原型を創造した、と言われているが……『モルグ街の殺人』や『盗まれた手紙』で証言や証拠を集めて名探偵が謎を解く捜査もの、『黄金虫』で歴史・暗号ミステリ、『黒猫』で事件を犯罪者の側から描く手法、『マリー・ロジェの謎』で安楽椅子探偵ものや犯罪ドキュメンタリー風サスペンス、『おまえが犯人だ』で記述トリック……それらの作品すべて、短篇なのである。
自分の読書体験を思い出してみても、コナン・ドイル『まだらの紐』、ジェイムズ・ヤッフェ『ママは何でも知っている』、クリスチアナ・ブランド『ジェミニー・クリケット事件』、仁木悦子『粘土の犬』、山村美紗『殺意のまつり』などなど、魂をわしづかみにしてくれた短篇ミステリがいくつもある。
今回は、そういった優れた短篇ミステリばかりを集めたアンソロジーをご紹介したい。というのも、昨年日本で出版された『街角の書店 18の奇妙な物語』が素晴らしかったのだ。夫を太らせるべく小さな町の妻たちが競い合う『肥満翼賛クラブ』、おばあちゃんの買い物メモが他の女性に奇跡をもたらす『お告げ』、自分が持っていた懐かしいものばかりが並ぶ店の話『おもちゃ』、センス・オブ・ワンダーに満ち、黒いユーモアに彩られた短篇ミステリが選りすぐりだ。
短篇はアイデア勝負のところがあるから、1人の作家の短篇集でどの作品もすごい、とはなかなかいかないが、ジェフリー・ディーヴァーの『クリスマス・プレゼント』は例外。リンカーン・ライム・シリーズの長篇も驚きの連続だったが、16作品を収録したこの短篇集も、とんでもないハイレベルのどんでん返しが作品ごとに続いてすさまじい。どれもすごい話だが、特にモーという女と暮らすピートの犯罪物語がラストで一気に反転する『三角関係』は、ミステリ史に残る大傑作だ。
カナダの大地のように広大かつ豪快な長篇のほうが、物語の醍醐味は豊かに味わえるだろう。でも、ミステリの父・ポーも知っての通り、ミステリの神髄は短篇にあり。おまけにわずかなヒマに楽しめるのだから、短篇ミステリってコスパもいいかも。
作品データ
『街角の書店 18の奇妙な物語』中村融編 創元推理文庫
『クリスマス・プレゼント』ジェフリー・ディーヴァー 池田真紀子訳 文春文庫