人に伝えることで、それが自分自身のコミットメントになり、実行する勇気になります。
”カナダ産の米で日本酒を作る”これまで誰も手をつけなかったことにチャレンジする白木正孝さん。試行錯誤を繰り返しながら、1歩ずつ確実に夢を実現させている。
自分の手で栽培した100% 信頼できる米を使い、仕込みからラベル張りまですべて“手作業”にこだわる日本酒を製造する。逆境もポジティブに受け止め、常に次のステップへと挑戦し続ける。
Granville Island の一角にある酒造蔵『Artisan SakeMaker』 。 白木さんは、毎年この店内で酒の仕込みをする。創業8年目を迎えた現在は、年間1 万2,000 本(750ml ボトル)を製造するまでになった。「“酒はワインである”というコンセプトです。ここでは、カナダの人の嗜好に合わせた酒を目指しています。和食に合うのが日本酒ですが、チーズや肉などに合う“Sake”ですね。日本酒は“Rice Wine”と呼ばれるほど、醸造の過程がワインに似ていると私自身は思っています」。 白木さんの作る“Sake”は確実に支持者を増やし、製造分は完売する人気である。
元・BC 州政府の中小企業貿易省に勤務していた白木さん。 2000 年、勤続10 年の時に政府の方針転換により、所属部門がクローズしてしまった。職を失い「何をしようかと考え、カナダには良い日本酒がないことに目をつけました。日本ではすでに吟醸酒ブームが定着した頃だったので、上質酒(Premium Sake)を輸入・販売する会社を立ち上げました」。輸入日本酒は酒税や輸送費がかかり、価格は日本の3倍 になる。高級すぎて、マーケットは伸びなかった。
そこで、
と、日本酒の製造という考えに到達した。それまでお酒とは縁がなく、実はアルコールアレルギーだったそうだから、驚きである。
“ワイナリーのオーナーも、必ずしも長くワインと関わってきた人ばかりではないのだから、不可能ではない”
と白木さんは考えた。
「以前に知り合った日本の醸造コンサルタントの方に、協力をお願いしました。日本で現場を見せてもらい、読んだり 調べたりして学びました。楽しみながら、 “やればできるんじゃない?”という感じで」。日本から原料を輸入し、バン クーバーでの日本酒製造が始まった。2006 年、56歳の時だった。
“Rice Wine”としてワインマーケットに参入するため、ワインの勉強もした。マーケティングでレスト ランを回り、シェフやソムリエたちからも多くのことを学んだ。
次のステップに踏み出したのは、2008 年のこと。
「ワイナリーにも知り合いができ、ワイン作りの話になると必ず原料についての話題になるんですよ。ワイン作りはブドウ作りからですから。ワインと対等になるには、原料も全部自分で 作ることが必要だと思いました」。
そこで、知り合いの繋がりをたどり、北海道・留萌の農業関係グループで米作りを教 えてもらう ことになった。
「カナダは米作りには不向き」
というのが定説である。
農業研究者の資料を参考に、2009 年 からはBC 州各地に8ヵ所の実験田(5 × 10 m)を作り、それぞれを2 週間毎に視察して回った。遠方の実験田もあ り、迷っている暇もない日々だった。
収穫量は悲惨なものでしたが、“できた”ということが私にとって非常に意味があった。2011 年からは、アボッツフォードに土地を借りて本格的な米作りを開始。最初の年はわずか300kg の収穫(1回の仕込みには400kg 必要)だったが、翌年には1,200kg、次の年は2,500kg と毎年確実に収穫量は増えている。
収穫した有機米での日本酒製造も、研究・改良を続ける。 また、栄養価が高く旨み成分を多く含む酒かすを利用して、ジュース、ドレッシング、アイスクリーム、チョコレートや 化粧品なども開発。
白木さんは、さらに上を目指す。
「“自分の夢を人に語りなさい”と言っています。それが自分自身のコミットメントになり、実行する勇気が出るんで す」。
口に出してしまうと“何とかしよう”と考え、勉強して情報を探し、その間に色々な人との交流があり、それがまた次のステップへの後押しとなる。
白木さんは、そんな形で前に進んできた。まったく飾らないお人柄で、誰に対しても誠 実に、酒造り・米造りへの熱い想いを溢れ出すように語る白木さんに魅かれ、その夢に協力しようと思う人が現れるのだ ろう。
「祭りとか共同作業とか、米文化にまつわるコミュニティーの意識は、我々日本人の原点なんです」。
日本の米文化をカナダに根付かせようという仕事が、ひとつの生き甲斐になっているという。食用米の生産をしたいという農家も現れ、農業への新しいチャレンジもさらに続く。地球温暖化により米生産の北限が変わりつつあり、カナダでの米生産のチャンスともなり得ると、白木さんはポジティブに考えている。
“Sakemaker”として、“Rice Grower”として、日本人として、喜びをもって前進し続けているオールラウンドな”Artisan“である。