第4回 ちゃんと鍵かけた?
2007 年 に“Locked Rooms and OpenSpaces”という本がカナダで出版された。
スウェーデン語で書かれたミステリを編・英訳したアンソロジーで、書名の通り、密室ミステリを多く収録している。
おお、密室! 出入り不能な場所で見つかる他殺体。究極の不可能犯罪、それが密室殺人である。アガサ・クリスティー『ポアロのクリスマス』、横溝正史『本陣殺人事件』、ガストン・ルルー『黄色い部屋の秘密』、そしてなによりディクスン・カー『三つの棺』『ユダの窓』等々。ミステリに夢中になり始めた頃に読んだ名作は、たいてい密室殺人を扱っていた。おかげでいまでも〈密室〉という言葉には、反射的にときめいてしまう(で、よく見たら「気密室」だったりしてがっかりする)。
糸だの氷だのを使って、物理的にドアの鍵をしめちゃう話も悪くない。心理的な錯覚で密室が形成されていた、なんて話も大好き。でも、一番好きなのは両方をミックスした作品で、真っ先に思い出すのはピーター・アントニイの『衣装戸棚の女』。人が殺されている、と訴えを受けてかけつけた部屋はなぜか施錠されていた。やむなく鍵を銃で撃ってなだれ込むと、部屋には射殺体と衣装戸棚に閉じ込められた女が……真相に爆笑必至の傑作だ。島田荘司『占星術殺人事件』は、2014年〈世界密室ベスト10〉で第2位に選ばれた。娘たちの死体を切り取ってつなぎ合わせ、完全な女性を作りたい。そんな文章を残し、画家が密室で殺された。さらに娘たちの切断死体が発見される……衝撃の未解決事件を描いたこのミステリは英米仏で翻訳出版され、大注目を浴びている。
それにしても一時、世界ミステリの主流はクライムフィクションであり、変人名探偵が密室の謎を解くといった話が好まれる日本は、ガラパゴスと化していた。しかし、英米それぞれでシャーロック・ホームズの現代ドラマが大ヒットしたし、『名探偵ポアロ』の映像化も支持され続けて完結したし、案外みんな、謎解きだの名探偵だの嫌いじゃないらしい。そもそも上記のアンソロジーをみても、密室愛は国境を越えている。しかも出版社はカナダですよ!
こうなったらもう一歩進んで、いずれはカナダ人の、カナダ人による、カナダらしい密室ミステリを読んでみたいものだ。例えば、カナダの森の中で殺人を犯した樵が、死体の周囲に手早くログハウスを建てて密室を作りました、なんてトリックはどうかしら。
作品データ
『衣装戸棚の女』ピーター・アントニイ 創元推理文庫
『占星術殺人事件(改訂完全版)』島田荘司 講談社文庫