低炭水化物ダイエットの再考
最近低炭水化物ダイエットに関する話題を見かける機会が多いので、今回は低炭水化物ダイエットについてまとめてみようと思います。個人的な話ですが、私もかつては低炭水化物ダイエットについてはかなり効果の高い食事療法だと考えていました。ところが、最近調べを進めていくうちにその認識は少し改めた方がいいなと感じたため、今持っている情報を基に低炭水化物ダイエットについて書いていきます。
「低炭水化物」の定義
まず炭水化物とは、ご飯やパンやその他穀物に多く含まれる身体のエネルギー源となる栄養素です。炭水化物以外にたんぱく質(肉・魚・乳製品などに含まれる)と脂質(バター・油脂・アボカドなどに含まれる)と合わせて3大栄養素と称されます。通常1日の総摂取カロリーのうち45%~65%を炭水化物で摂るように推奨されています。
では低炭水化物とはどれ位少ない量のことを指すのでしょう? 低炭水化物ダイエットの足がけともなった「アトキンスダイエット」では、最も少ない時で1日の炭水化物の摂取量を20g以下に抑えるようにと指示されています。1日にカロリーを2000kcalを摂っている人で計算すると、アトキンスダイエット中の炭水化物摂取量は通常の10~15分の1程度まで抑えていることになります。(約300g vs 20g)
同じく低炭水化物ダイエットの一つとして捉えられている「ゾーンダイエット」では、総摂取カロリーの40%を炭水化物で摂るようにと指示されています。先ほどの1日摂取カロリー2000kcalの例で言えば、通常食と比較して炭水化物の摂取量は約100g程少ない計算になります。(約300g vs 200g)
研究で扱われる数字としては炭水化物の摂取量が200g以下、または炭水化物の摂取カロリーが総摂取カロリーの30%以下のダイエットが「低炭水化物ダイエット」とされており、更に「低炭水化物・高たんぱく質」「低炭水化物・高脂質(ケトジェニックダイエット: アトキンスダイエットが好例)」と分けることもあります(こちら)。ただこの定義づけは研究者でバラつきがあります。
一般的な世間の認識では、「低炭水化物ダイエット」は前述のアトキンスダイエットに近いものとして捉えられているようです。多くの方が主食(ご飯やパンやパスタ)を抜き、極端な場合は野菜に含まれる炭水化物さえも制限するといったケースも聞きます。
低炭水化物ダイエット効果の理屈
「低炭水化物ダイエット」では炭水化物の摂取を少なくし、脂肪やたんぱく質の摂取量を増やすことで、身体が炭水化物をメインにエネルギー消費するのではなく、体脂肪からエネルギーを優先的に消費するとされます。その為、他のダイエット法(特に従来の低脂肪ダイエット)と比較して体脂肪が落ちやすいというものです。ホルモンとの話も良くされており、身体は脂肪を優先的に使うホルモン状態になるとされています。この理屈には多くの誤りが指摘されていますが、専門的過ぎることですのでこの記事では省きます。
低炭水化物ダイエットは低脂肪ダイエットと比較して痩せる?
低炭水化物ダイエットの効果を検証した研究はこれまで多く実施されています。 多くの研究では、「低炭水化物ダイエット」は従来より推奨されてきた「低脂肪ダイエット」と比較して、より多くの体重と体脂肪を落とすことに成功しました。少なくとも成功したように見えました。
また、両者で同じカロリーを摂取していたとしても、低炭水化物ダイエットの方が効果が出たとする研究もあります。 つまり、低炭水化物ダイエットは従来の低脂肪ダイエットと比較して体重や体脂肪がより多く落ちたのです。
残念ながら、実は研究方法に落とし穴があったのです。
低炭水化物ダイエット研究の落とし穴
低炭水化物ダイエットの効果は先の研究からお墨付きな様に思われましたが、実は研究方法に重大な欠点がありました。それは低炭水化物ダイエットではたんぱく質の摂取量が、他のダイエット法よりも多かった点です。
たんぱく質は消化吸収をする際に熱として消費されてしまう熱量が20%~35%あります。つまり、たんぱく質で100キロカロリーを摂っても、その内65~80キロカロリーが実際に身体で使用されます。残りのカロリーは身体に使われる前に消費されてしまいます。この消費されてしまう熱量は、炭水化物と比較すると約3倍です。また、たんぱく質を多く摂ることで、エクササイズ以外での身体活動で消費する熱量が増えることも見られています。つまり、たんぱく質が多い食事は太りづらい・痩せやすいことが予想されます。
実際に、1日の総摂取カロリーが同じでも、たんぱく質摂取量が多い食事の方が体重と体脂肪をより落とせたとする研究があります(例えばこちら)。
このことから、先の研究では摂取カロリーは同じでも、低炭水化物ダイエットでたんぱく質摂取量が多く、これが研究結果に影響したのではと考えられたのです。
参照
低炭水化物ダイエットの本当の効果
以上を踏まえ、同じ摂取カロリー・同じたんぱく質摂取量で、炭水化物を減らした低炭水化物ダイエットと、脂肪を減らしたダイエットとで比較をしてみると、落ちた体重と体脂肪量に差は出ませんでした。アトキンスダイエットのようなケトジェニックダイエットについても、通常の低炭水化物ダイエットよりも優れているとは考えられていません。つまり、低炭水化物ダイエットの研究で他のダイエット法よりも効果が出ていた理由の1つは、炭水化物の摂取量を減らしたからではなく、総摂取カロリーを抑えた上でたんぱく質の摂取量を増やしたからだった可能性が高いのです。
また、低炭水化物ダイエットの宣伝でよく言われていますが、「炭水化物を含まなければ何をどれだけ過剰摂取しても太らない」と言うのもどうも間違った主張のようです。ある研究では、炭水化物からカロリーを余計に摂る場合と比較して、増える量は少ないものの、主にたんぱく質から1000kcal(うち70%がたんぱく質)の過剰摂取により体重が増加したという研究があります(こちら)。例え太りづらいと言われているたんぱく質であっても、必要以上にカロリーを摂取された場合には、「絶対に太らない」とは言えないのです。余剰カロリーが脂質からの場合も勿論同様です。
低炭水化物ダイエットで推奨されるたんぱく質と脂質の両方を含む肉や魚やナッツなどの食品を必要以上に摂れば、やはり体重や体脂肪の増加は免れないのです。つまり低炭水化物・ケトジェニックであっても、何をどれだけ食べても太らないというのはあり得ません。
まとめますと、炭水化物の摂取量を落としたから体重が落ちるわけではなく、「消費カロリーが摂取カロリーを上回り、かつたんぱく質摂取量を増やすことが体重・体脂肪を落とす時の最低限の鍵」と言えるのではないでしょうか。これらの点が抑えられてれば、脂肪からカロリーを摂っても炭水化物からカロリーを摂っても、効果はさほど変わらないです。
低炭水化物ダイエットは食欲を抑える?
低炭水化物ダイエットで言われている「食欲抑制効果」についても、低炭水化物ダイエットが低脂肪ダイエットよりも食欲を抑えるという明確な証拠はなく、これに関してもたんぱく質の摂取量が多いから食欲を抑えられていると一部考えられています。食欲に関しては多くの要因の関与が考えられており、メカニズムは相当に複雑です。低炭水化物だから、血糖値が低いから食欲が抑えられると言う単純なものではなさそうです。
低炭水化物が好ましい場合
低炭水化物ダイエットか低脂肪ダイエットかが、体重・体脂肪を落としていくことに全く影響しないという明言はできません。一部体質によっては低炭水化物の方が好ましいことも考えられています。 インスリンの効きが悪く血糖値の下がりにくい「インスリン抵抗性」を持つ人は、そうでない人と比較すると低炭水化物ダイエットで体重や体脂肪をより多く落とせる可能性が見られています。体質やその時のコンディションが大きく低炭水化物ダイエットの効果を左右する可能性がありそうです。
低炭水化物ダイエットの継続率について
さて、もう一つ重要なことがあります。それは、ダイエット法・食生活自体が長く継続できるのかという点です。 低炭水化物ダイエットを長期続けていると、やはりドロップアウトしてしまう方もいるようです。長期、特に1年以上に渡る研究では、他のダイエット法と同様に低炭水化物ダイエットの継続率の低さが示されています。その人の食事の好みと課されたダイエット法とで差があれば、結果として低炭水化物ダイエットを諦め、体重管理自体も諦めてしまう可能性も否定できません。従って、その人の体質に加えて食事の好みも考慮した上でどういう食生活にするのかを決めた方が良いように思います。
低炭水化物ダイエットと健康
低炭水化物ダイエットが身体に悪いという話題もよく聞きますが、多くの研究では血液検査の結果が良くなったという結果もあります(LDL、中性脂肪など)。 しかし、これまで集められた研究を検証してみると、他のダイエット法であっても血液検査の結果は改善され、低炭水化物ダイエットとは差が見られなかったともされています。
また、1型糖尿患者が糖質制限をしたところ、ケトアシドーシスに陥ったとする報告もあることから、低炭水化物ダイエットで行われる三大栄養素の操作が必ずしも健康に対して万能というわけではなく、個人の状態や体質等が十分に考慮される必要があります。
さらに、これは低炭水化物ダイエットと言うわけではありませんが、脂質(ココナッツオイルなどに代表される中鎖脂肪酸)の過剰摂取によって中性脂肪が激増したケースなども報告されています。低炭水化物ダイエットはいつもと違う食べ方になる為、定期的な健康診断は必要かもしれません。
低炭水化物ダイエットと競技パフォーマンス
競技選手の場合、栄養状態が競技の成績やパフォーマンスに直接影響を与えます。では低炭水化物ダイエットは競技パフォーマンスにどう影響を及ぼすのでしょうか?
例えば体操競技においては、低炭水化物ダイエットを行ってもパフォーマンスに差は見られなかったとされます。短期間だけの研究ですので、長期に渡るとどういう変化があるのかは分かりませんが、少なくとも短期間低炭水化物ダイエットを行ってもパフォーマンスが落ちない競技もあるようです。
持久系の競技についてはどうでしょう?低炭水化物ダイエットに切り替えることで、持久系競技では運動中に脂肪をエネルギーとして多く使えるようになり、より有利になると考えられています。例えばある研究では、長期に渡ってケトジェニックダイエット(アトキンスダイエットのような炭水化物の摂取カロリーが総摂取カロリーの10%以下のもの)を行っている競技者において、より多くの脂肪をエネルギー源として運動ができたことが見られました。グリコーゲンの使われ方や回復についても、通常食を摂っている競技者と変わらなかったようです。ただこの研究については、かなり低い強度での運動が課題とされており、この研究結果が昨今スピード勝負と言われているマラソン競技等の持久系の競技にどれくらい結びつくのかは不明です。ある研究者は、低炭水化物ダイエットによって糖質代謝に関わる酵素が減少することから、マラソンであってもラストスパートなどで圧倒的に不利になると提言しています。
また同じ持久系の運動であっても、低炭水化物ダイエットに適応してない選手では逆にパフォーマンスが悪化したという報告もあるため、選手個人の遺伝やレベルやその食事の経験など、様々な条件の違いにより低炭水化物ダイエットの効果が違いそうです。
ウェイトリフティングや100m走などに代表される瞬発系の競技に対して、低炭水化物ダイエットはあまり芳しい結果は出ていないようです。低炭水化物ダイエットでは筋グリコーゲン貯蔵量が落ちることが確認されています。 筋グリコーゲンは瞬発系・高強度の運動で優先的に利用されるエネルギー源です。その為、筋グリコーゲン貯蔵量が少ないと、筋肉が出せる力が落ちることが示されています。
以上より、低炭水化物ダイエットの競技者に対する導入は、個人の特性や競技自体に求められる特性を充分に考慮した上で決定した方が良さそうです。
まとめ
- 摂取カロリーを消費カロリーよりも抑え、かつたんぱく質の摂取量を増やすのが体重管理の鍵の一つです。(ダイエット成功の大前提)
- 上記の大前提を満たした時、炭水化物・脂質のどちらからカロリーを摂っても、体重の管理や健康の指標に違いが大きく出るわけではないです。
- 体質(インスリン抵抗性など)により個人差が出る可能性があります。
- 食事の好き嫌いや趣向も考慮した方が、ダイエット自体の継続率が良くなります。
- 低炭水化物ダイエットが健康に影響を全く及ぼさないとは言い切れないので、定期的な健康診断はした方が良いでしょう。
- 競技者の場合は運動量、競技特性、個人の特性、その他要素を十分考慮して導入を決定した方が良いでしょう。
最後に、どんな食事をすれば良いのかをご自分で判断しかねる場合は是非私にご相談ください。皆様のニーズを把握した上で、的確な判断・ご指導をさせて頂きます。
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