実家が中華料理店を営んでいたという鶴田さん。高校卒業後、お祖父さんの「手に職がないと食って いけないぞ!」という言葉に背中を押されたのもあって、飲食業への道を志したのは、ある意味当然の 流れだったのかもしれない。
というのも祖父 の言葉だったそう。
修行を積んで、独立も視野に入れ始めた時期に、たまたま知り合いから海外旅行に 誘われた。
行き先はカナダ。
生まれて初めての海外旅行だったが、これが鶴田さんのその後の人生を大 きく変えることとなった。
当時のバンクーバーは、すでに食文化としての寿司が定着してきてはいたが、”ちゃんとした”日本食 レストランはまだそれほど多くはなかった。バンクーバーでビジネスを展開している知人から聞く話 は、とても参考になったし、街も自然が豊かで良い環境だなと思った。
それまで全く考えてもいなかっ た「海外で店を持つ」という可能性が、にわかに現実味を帯びてくる。
「日本だったら、自分よりも腕の良い人もたくさんいるし、お店を出している人もいっぱいいる。でも、バンクーバーには、まだまだ勝負をかけられる可能性があるんじゃないかと思いました」。
そこからの鶴田さんの行動は早かった。日本に帰国してすぐにワーホリを申請、翌年の2月に再びバンクーバーの地を踏む。
ただ、実際に自分の店を持つとなると、ビザや手続き上の問題などが色々あり、まずは自分の料理人としての腕で働ける店を探し、経験を積むことにした。
カナダでの仕事にも慣れ、改めて自分でビジネスをスタートさせることを考え始めた中で出会ったのが『Shiro』。
すでに地元で20 年以上も営業している老舗で、ローカルの常連客でごった返す人気の日本食レストランだった。
昔から地元のお客さんたちで行列ができる店、それを引き継ぐことにはプレッシャーもあった。実際、テイクオーバーした後、同じスタッフが料理をして同じメニューを出しているのに、ネットの口コミサイトで「今までと料理が違う」などと書かれたこともあったという。それ が、今や新しく若い世代の客層も増え、行列の絶えない店へとさらなる成長を遂げた。
新しい機械を入れたり、生ビールをメニューに加えたりと、新たな工夫を取り入れつつも、基本は手頃な値段で鮮度の良いネタと丁寧な仕事で料理を提供する、かつての『Shiro』から引き継いだその姿勢だ。
また、新しいメニューを思いつけば、まずお店で出してみてお客さんの反応を観察しては新たなメニューの参考にしたりと、試行錯誤に余念がない。和食に限らず、フレンチやグリークなど、色々なレストランを食べ歩いて、お客さんたちがどんなものを好むのかを見たり、スーパーで食材を買っては、こちらで手に入る素材や調味料でどんな料理を作り出せるのか、日々研究を重ねていたそう。
この3年間、料理人としての腕をふるいながら、スタッフと共に店を切り盛りしてきた鶴田さんだが、今後は経営者としての資質を磨き、もっと成長していきたい、と語る。
「以前に比べて体も(笑)お店もひと回り大きくなりましたが、先代のオーナーが頑張って築いてきたものがあってこそ、今の店をやらせてもらっていると思います」。
その盛況ぶりに、「福の神が付いているのでは?」という噂が立つほどだったが、案外その”福の神”は、働き者でガタイの良い強面の神さまかもしれない。
寿司レストラン激戦区のバンクーバーで、あえて寿司でやろうと決めたのはどういう理由からですか?
鶴田:自分も和食から入ったので、和のコース料理などをやりたいなと思って来たんですが、海外では「寿司」というのが1つのジャンルというか、和食イコール寿司、みたいなイメージを持たれていました。なので、寿司でアピールできる隙があるんじゃないかと思ったんです。
お店のメニューはどういう点にこだわっていますか?
鶴田:以前のオーナーの時から、鮮度の良い素材を手頃な値段で提供していて、お客様にも喜んでいただいているので、そこはしっかりと引き継いでいます。毎日、仕込みをして、下ろした分はその日に全部売り切れますので、新鮮なものを出すという点にはこだわっています。
日本人以外のお客様も大変多いですが、そういう客層をガッチリを掴む理由は何だと思いますか?
鶴田:日本で自分で学んだものを出してみても、意外にお客さんの反応が鈍かった、ということがあります。たとえばシイタケの天ぷら1つとってみても、そのまま出す、すり身を詰めたものを出す…など色々バリエーションを変えて、お客様の反応を見ながら傾向を掴んで、メニューに反映していってます。
ビジネスをする上での「哲学」のようなものをお持ちでしたら伺わせて下さい。
鶴田:しいて言えば「一芸」ですね。例えば、英語が上手く話せても、カナダ人てそんなに驚いてくれないじゃないですか。でも、料理ができたり寿司が握れたりすると「すごい!どうやるの?」と喜んで興味を持ってくれる。自分の力、能力が発揮できる「一芸」を持てば、他の人ができない部分で勝負をかけられるチャンスも高いと思っています。
自分のライバルは自分。かつて自分の知り合いからもらった言葉です。何かに負けそうになった時、どんな時でも、もう1人の自分から見た自分がイケてたら、それでいい、と常々自分は思っています。
鶴田 勇樹(つるた ゆうき)
2007年2月
ワーホリでバンクーバー渡航
2010年9月
カナダ永住権取得
2012年9月
『Shiro』のビジネスを買う