Vancouver Symphony Orchestra
『長井 明』氏 終身名誉コンサートマスター
| バイオリンにかけた人生|
6歳でピアノを始め、8 歳でバイオリンに転向。
「バイオリンをやりたかったけれどできなかった父が、夢を託したのだと思います」。
教会のオルガニストだったお母様も、明さんの音楽教育に惜しみなく力を注いだ。明さんの音楽の才能はすぐに頭角を現し、子供の音楽コンクールで1位を取るようになった。
バイオリンの先生の勧めにより、本格的にバイオリンを学ぶために、母と妹と3 人で東京に移住。一流の師のもとですべての力を注いで練 習に打ち込み、多くの音楽コンクールに優勝・入賞をした。
「音楽は争うものではないと思うんです。でも、そういう目的があると一生懸命 に練習して腕を磨く。オリンピックを見ていると、死に物狂いで練習して優勝にたどり着く選手の姿は、バイオリンも同じだなと感じます」。
当時、音楽コンクールで優勝を争ってきたライバルたちは、現在の日本の音楽界を背負って活躍している。 今も大切な“ 親友” である。
東京藝術大学卒業後、フルブライト奨学金を得て渡米。当時はまだ、海外に出ること自体が難しかった。
「ハングリー精神の時代でしたよね。豊かな現在とは、まったく違う」。
インディアナ大学大学院修了後、1971 年からモントリオール交響楽団に5 年間在籍。その後、VSO のアシスタント・コンサートマスターのオーディションを受け、競争率の高い難関を見事合格。1976年にコンマスに就任して以来、40 年にわたりVSO を支える大きな力となってきた。
|様々な形での音楽活動|
明さんは、VSO だけでなく日本の様々なオーケストラのゲスト・コンサートマスターも30年以上務めてきた。
日本のオーケストラの首席奏者を集めた“ ジャパン・ヴィルトゥオーゾ・シンフォニー・オーケストラ” にも出演を続けている。VSO の公演後すぐに日本に飛び、日本で数週間演奏、帰りはバンクーバー空港からその足でVSO の練習に行く…という神ワザ的なスケジュールをこなしてきた。
バイオリニストである奥様の長井せりさんと、奥様の御姉妹・姪御さんたちとの6 人で構成するファミリーアンサンブル“Ensemble Pacific North” では、出身地である北海道を中心に活動。チャリティ―コンサートや被災地の訪問なども行っている。 親友であるさだまさしさんのコンサートでも度々共演する。
また、後継者の育成にも力を注いでいる明さん。ユースオーケストラの指導や、バンクーバーアカデミー音楽院でも教鞭を取った。
「レッスンは、自分の演奏と違って結果が見えるんです。(生徒が)どんどん上手くなっていくのを見るのが、幸福ですね。教え方ですか? う~ん、“ 自分に厳しく、人に優しく” という感じでしょうか⁉(笑)」。
これほど豊かな才能を持ちながら「神様が僕にはちょっとしかタレントをくれなかったので、人一倍練習をしなければならなかったんです よ」とおっしゃる明さん。
この謙虚なお人柄こそが、VSO の団員たちに慕われ、“VSO 終身名誉コンサートマスター” という貴重な称号を授 与された大きな理由なのだろう。
| コンサートマスターは、縁の下の力持ち|
コンサートマスターというと、まず思い浮かぶのは演奏前のチューニング。しかし、それだけではない。実はコンマスはオーケストラにとっては指揮者に匹敵する重要な存在なのだ。
「指揮者が“ こうして欲しい” ということを、具体的に団員に伝える“ 内助の功” みたいなものでしょうか」。
指揮者と団員の橋渡し役でもあり、幅広い知識と経験を必要とする。技術的にバイオリンがうまいのはもちろん、音楽への感性が豊かでないと務められない。
「それぞれの作曲家の音楽スタイルをよく理解していないと良いコンサートマスターにはなれないんです」。
VSO は長年にわたり、長井明さんによって引っ張られ、盛り上げられてきたのである。
| オーケストラ裏話|
「オーケストラって、ケミカルを試験管に投入した時に起こる化学反応のようなところがある。良い指揮者が来ると、パッとみんなの気持ちが変わり素晴らしい演奏ができる。反対に悪い指揮者が来ると、15分で演奏がバラバラになってしまうことがあります。驚くほど反応が早く出るんですよ」。
バラバラな状態を立て直すのも、コンマスの大切な仕事である。
VSO は、年間140 回のコンサートを行っている。1 回の演奏会のために、2 時間半の合同練習を4 回行う。もちろん団員たちは、合同練習前にそれぞれが与えられた楽譜を弾きこなしておかなければならない。個人の練習量も相当なものに違いない。演目のすべてを把握しておかねばならないコンマスは、この“ 宿題” も一番多いことになる。
「難しいところをどう弾こうかと考えているようではダメ。それを越えて、自分が楽しい気持ちで演奏できる域までもっていかないと、お客様を楽しませることはできません」。
すべての演奏が毎回チャレンジ。同じ曲を何回演奏しても、指揮者が変わると全く違った作品となり、決して飽きることはない。
| 音楽を通して、みんなの心をひとつに…|
「東北の被災地に行き、自分は彼らに何ができるかなと思いました。悲惨な事件が世界中に起きて明日には何が起こるかわからない、薄い氷の上に暮らしているような時代です。“ 明日はない” という気持ちで、今の演奏に全力投球する。いつも全身全霊を込めて演奏しています」。
それが聴く人の心に伝わり、みんなの気持ちがひとつになればと願っている。
「生の演奏は良いですよ。完璧なCDの音と違って、毎回違う演奏になる。その日その時の演奏はたった1 回限りのものですから」。
“VSO 終身名誉コンサートマスター” である長井明さんは、現在はセクション奏者としてVSO の約半分のコンサートで演奏している。
この秋、Orpheum Theatre に足を運んで生の音楽を味わってみてはいかがだろう? 長井明さんのお話を通して、オーケストラがもっと身近に感じられるかもしれない。
旭川出身。東京藝術大学卒業後、フルブライト奨学金を得て渡米、インディアナ大学大学院修了。J・ギンゴールド、江藤俊哉、鷲見三郎氏などに師事。毎日新聞社主催学生音楽コンクール全国第1位および音楽コンクール入賞。1976 年よりVancouver Symphony Orchestra コンサートマスターに就任。バンクーバーを本拠地に、日本国内でも巾広い音楽活動を行っている。バンクーバーでは、奥様の長井せりさん(バイオリン・ビオラ)とアレキサンダー恵子さん(ピアノ)とのPacific North Trio で、15 年にわたり活動を続けてきた。“VSO 終身名誉コンサートマスター” となった現在も、VSO の演奏を支える。