名探偵「未」登場 最終回 日本とカナダじゃ大違い?

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最終回 日本とカナダじゃ大違い?

ミステリをオススメすること6回。最終回にふさわしいテーマはなにかと考えて、浮かんだのは「鉄道」だった。日本でも海外でも、鉄道はミステリによく登場するが、それぞれでその扱われ方はまったく違う。
 日本人は1分1秒の遅れもない、ということに命をかけて、時刻表通りの列車運行、という離れ業を毎日行なってきた。その特徴を活かして生み出されたのが、時刻表を使ったトリックだ。このジャンルの代表格・松本清張の『点と線』は「東京駅に生じる四分間の空白」をついたトリックなのだが、これなど列車がすべて時刻表通りに運行されていなければ成立しないそんな国、他にはなさそうだし、ある意味、日本固有のミステリといってもいいだろう。
mei1 片や海外ミステリでは、鉄道は物語の舞台となる。アガサ・クリスティーの名作『オリエント急行の殺人』では、登場人物が食堂車を見回しながら言う。「あらゆる階級、あらゆる国籍、あらゆる年齢の人が集まっている。これから3日間、この人々が、知らない者どうしが、一緒に過ごすことになる。」と(山本やよい訳)。同乗者たちそれぞれの人生が交錯し、そこにドラマが生まれる。鉄道を舞台とした海外作品では、線路の上しか走らない、という鉄道の特性から逃げ場がないような感覚が生まれ、乗客が消えたり爆発物がしかけられたりといった物語の展開に、より多くのサスペンスが生じるのだ。
 mei2日本鉄道ミステリのオススメは、鮎川哲也の『砂の城』。鳥取砂丘で女性の他殺体が見つかった。容疑者が東京駅で乗った列車では犯行時刻に鳥取までたどり着けない、という不可能犯罪が複数登場。作中に時刻表のコピーが登場し、刑事たちと読者に挑戦している。海外作品のオススメはディック・フランシスの『横断』。イギリス競馬界において、あくどい手段で競走馬を奪い取り自殺者を出した男が、トロントを出発しバンクーバーに向かうカナダ競馬界主催のイベント列車に乗り込んだ。悪事の証拠をつかむため、英保安部員が列車に送り込まれる。
スパイ捜査活動にロッキー山脈での死闘、冒険小説的要素の強い傑作だ。
 同じ鉄道ミステリでも、日本舞台とカナダ舞台ではかほどに違う。
ということはカナダで暮らす「日本人」は、日本に安住している日本人ともその土地のカナダ人とも異なる、新しい視点に沿った面白いミステリドラマを思いつくんじゃないか、と思う。ひょっとして将来、そんな新しいミステリを生み出す才能がこの駄文を読んでいてくれるかも…そんな夢を見つつ、エッセイを締めくくらせていただきます。


若竹七海

東京生まれ。立教大学文学部史学科卒。
1991 年、「ぼくのミステリな日常」(東京創元社)でデビュー。「夏の果て」(「閉ざされた夏」と改題して93年刊行)で第38回江戸川乱歩賞最終候補。
2013年、「暗い越流」で第66回日本推理作家協会賞(短編部門)受賞。
「悪いうさぎ」、「御子柴くんの甘味と捜査」、「さよならの手口」など、本格推理小説、コージーミステリからハードボイルド、果てはホラー、パニック小説、歴史ミステリと幅広いジャンルで著書多数。人の心の中に潜む悪意を描かせれば天下一品。

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