〜高橋恭子の茶道コラム〜 ●五感で茶を楽しむ
今回のコラムでは、「五感で茶を楽しむ」という観点から、茶道の魅力をお伝えしたいと思います。
五感とは言うまでもなく、聴覚、視覚、嗅覚、味覚、触覚という五つの感覚のことです。一つひとつ順を追って、茶道においてどのようにそれらを感じるのか説明させていただきます。
聴覚:茶会の最中、客は私語を慎み、茶室の中は静寂に包まれます。そのような静けさ の中でも、耳を澄ませば様々な音が聞こえてきます。
畳の上を歩く摺り足の音。釜の湯が沸く時に生ずる松風の音。柄杓で水や湯を汲んでこぼす音。茶筅をふって茶を点てる音。ぼんやりしていたら気付かない音が、心静かに座っていれば聴こえてきます。
客が茶を飲み切る時にたてる吸い切りの音や躙り口を閉める時に生ずる音などは、亭主側(もてなす側)が客の動きを察する合図でもあります。ちなみにお茶をいただく時、最後の一口はズッと音を立てて吸い切るのですが、これは「美味しく頂戴しました。ごちそうさまでした」と言葉に出さずにお伝えするという意味があります。
視覚:季節によって使い分ける茶道具、茶花、菓子は目を楽しませてくれます。そして、目に見えるものだけでなく、それらの物から亭主側の意図を感じる心も必要です。 茶掛けの軸を例にとってみますと、春にちなんだ句「梅花和雪香(ばいか ゆきにわして かんばし)」から雪景色の中に咲く白梅の甘い香りを想像し、その禅語が何を言わんとしているのかを考えます。 釜の湯を沸かすために茶道では炭を使いますが、赤く燃える種炭と順良く入れた黒い炭、そして白く塗られた枝炭のコントラストの美しさは言葉では表現できないほどです。
冬の夜に行う「夜咄(よばなし)の茶事」は露地(庭)には行灯(あんどん)や灯篭(とうろう)の灯がともり、茶室の中では手燭の揺らめく灯りが暗闇に浮かび上がり、幽玄の世界に浸ることができます。
嗅覚:茶室の中では、熾った炭で熱くなった灰の上で香を焚くのですが、心地よい香りに満ちた部屋には静謐な空気が漂います。
茶道で使う香は大きく分けて2種類あります。炉(11〜4 月)の時期は練香、風炉(5 〜10 月)の時期は白檀のような香木を用います。練香は、沈香やジャコウなど数種類の漢薬香料を粉末を合わせて蜂蜜や梅肉で練ったものです。
香の香りを損なわないために、茶花は匂いの強いものは避けますし、客は香水などの匂いを発するものは身にまといません。
微かですが、抹茶も良い香りがします。練っている最中の濃茶や点てた直後の薄茶からは、ふんわりと良い香りが立ち上ってきます。
味覚:茶事と呼ばれる正式な茶会は食事を含みますので、懐石、菓子、抹茶と味わう機会が多いのが茶道の特徴です。飲食を伴う伝統芸能はとても珍しいのではと思います。
茶事で一番のハイライトは、濃茶を頂戴する瞬間です。濃茶は空腹時にいただくには刺激が強いので、一汁三菜でお腹を満たし、甘い主菓子を頂戴します。菓子の甘さが舌の上にまだ残っている時に口に含む、まったりとしたほろ苦い濃茶は格別です。
触覚:利休七則(千利休が遺したおもてなしの七つの心得)に「夏は涼しく冬暖かに」と言われているように、もてなす側は色々と工夫して客を迎えます。
夏は氷点といいまして、氷の浮いたよく冷えた水で茶を点てることがあり、ほどよく冷えた茶碗からは涼を感じます。
寒い時期は、少しでも温かいお茶をお客様に差し上げるために筒茶碗を用います。温かい茶碗を両手で包み込んだ時に感じるぬくもりから、亭主の心遣いを感じます。
茶会や茶事の最後に、客は薄器(棗などの茶を入れる器のこと)と茶杓の拝見を所望し、実際にこれらの道具に触れながら愛でることができます。
以上簡単に述べさせていただきました。
茶道を嗜んでいますと、意識せずとも五感が研ぎ澄まされていき、感性豊かになるように思います。亭主は客に喜んでいただくために心を込めてもてなし、客は亭主の心遣いを全身で感じます。こうした経験を積む中で、他人の気持ちを察したり常に周囲を慮る心が備わってくるのが茶道の素晴らしさです。
今の世の中、時間に追われ、マルチタスキングを常に強いられるような生活を送っている方が多いかと思います。
しかし茶室の中では、身体だけでなく、いつも「心」が「ここ」になくてはなりません。せわしない日常を離れ、心安らぐ時間を過ごすことのできる茶道に私は何度となく助けられました。
一瞬を大切にする茶道を学んでいくことで、ひいては第六感も鋭くなるのではと私は思っております。